講演

ソフトウェア・シンポジウムでは, 現在以下の講演を予定しています. ここに挙げた講演はソフトウェア・シンポジウムの全参加者が聴講することができます.

基調講演

平鍋健児 (チェンジ・ビジョン, 永和システム・マネジメント)

「ソフトウェア工学の分岐点における、アジャイルの役割」

ソフトウェア工学という言葉が生まれて40年を過ぎるが、ソフトウェア開発現場の中で、その占める位置と影響力は激しい変化にさらされている。
過程で現れたオブジェクト指向技術の主導者たちは、「ソフトウェアパターン」そして「アジャイル」と呼ばれる活動に参加し、開発の中でのより人間的活動、ソーシャルなダイナミクスにより注目することによって、ソフトウェア工学と現場のギャップを埋めようとしている。

この講演では、ソフトウェアパターン、アジャイルの歴史的流れを追いながら、これらのムーブメントが掬い取ろうとした、ソフトウェア工学の課題を見つめるとともに、ソフトウェア工学の延長方向を探る。
さらに、現状のアジャイル自身の課題を認識することで、開発現場の未来のあり方について考える。

岸田孝一 (SRA)

「Looking Back for Future
  - SS 30年の歩みとこれからのソフトウェア - 」

1980年に旧ソフト協(現在のJISA)技術委員会のメンバー諸氏と一緒にこのシンポジウムの企画を考えたとき,われわれの頭の中には,その前年の秋に参加した 4th ICSE in ミュンヘンのイメージがあった.まだこの国に存在していなにソフトウェア・エンジニアのコミュニティを確立するための Flagship Conference の夢想だったともいえるだろう.

それから30年,そのあいだにはさまざまな事件があり,世紀の転換をはさんでわれわれを取り巻く経済・技術・社会環境も大きく変化した.その変化を特徴付けるひとつのキーワードは,ミハイル・バフチンの説く「ポリフォニー」の概念ではないだろうか.多様化する技術が混在する多声的なソフトウェア・コミュニティが、これからどのように発展して行くのか.

この講演では,SS30年の歴史を振り返りながら,21世紀の社会におけるソフトウェア技術および技術者のあり方を考えてみたい.

招待講演 (ソフトウェア・シンポジウム企画)

金子勇 (ドリームボート)

「新たなソフトウェアが生み出されるきっかけとは?」

一般的には私はP2Pファイル共有ソフトWinny作者として知られていると思いますが、それ以前には3Dグラフィックス関連での技術デモ的プログラムの公開をしており、共にこれらのプログラム公開が元となって職を得てきました。

ソフトウェアを開発・公開する理由は人それぞれだと思いますが、私の場合はまず技術的関心から始まり、その技術の可能性を探るため、また、皆さんに新しい技術を知ってもらうことを目的に、シンプルかつ分かりやすいプログラム例を公開することで、技術者の方々だけでなく、一般の人たちにも知られるようになりました。

それらの経験から、新しいソフトウェアが世の中に広まるには、何がきっかけになるのか、何が重要なのかを中心に、一般の人々に対する表現手法の一つとしてのプログラミングと、そこからプログラマの生きる道に関して講演したいと思います。

細川泰秀 (日本情報システム・ユーザー協会)

「システムエンジニアのためのビジネスイノベーションへの挑戦」

民間企業は日本市場が伸び悩む中を、国際競争の中でいかにして競争力を高め発展してゆくのかに挑戦しております。日本国家も納税力不足の中をどのようにして国力を維持して行くのかに苦慮しています。

ある仕事が発生した場合には人手でカバーするのか、機械やコンピュータシステムに任せるのかどちらかの選択にせまられます。

この重要な要素のシステムをどのように活用し発展させて行けばよいのかはシステムエンジニアーをはじめとして従業員全員の知恵の出し方に依存します。

ITの技術革新はまだまだ続きます。

ビジネスモデル、業務システム、情報システムの3要素の発展のあり方を一緒に考えてみましょう。

佃均 (IT記者会)

「ソフトウェア不況~ニュー・コモンへの対応~」

IT記者会は昨年から今年3月にかけて、ITシステムユーザーのIT利活用意識調査を実施した。アンケートとヒアリングによるもので、その中から、IT提供者(情報サービス事業者)と利活用者(ユーザー)の間に、いくつか決定的な齟齬が存在することが判明した。それがボタンのかけちがいとなって現れ、納期遅れや見積オーバー、品質の劣化、モラル低下といった問題の遠因のようである。

提供者は常に最新の技術で、多機能を求めるが、ユーザーは枯れた技術で単機能を求めている。複雑な構造のシステムでなく、分かりやすい構造がいいと、多くのユーザーが考えている。というのは、日常の運用が前提だからである。運用まで外部に任せる――究極の姿としてのアウトソーシング、はやり言葉でいうとSaaS、クラウド――であっても、自分たちの技量で理解できるものを求めている。

ソフトウェア・エンジニアもその点を理解した上で、システム構築に取り組まなければならない。ソフトウェア工学が技術偏重でなく、利用者重視に移ったとき、必要なのは社会や生活の仕組み、プロセス、人の心理の動き等の考察力である。

西川武臣 (横浜開港資料館)

「横浜開港と人々」

1858(安政5)年、日本はアメリカ・オランダ・ロシア・イギリス・フランスの5カ国と通商条約を結び、翌年、横浜・長崎・箱館の3つの港が開かれました。これらの都市は、これ以後、国際都市として発展していきますが、なかでも横浜は日本最大の貿易港として発展を続けました。

幕府が一般の人々に貿易開始を公布したのは1859(安政6)年初頭のことで、横浜では、この頃から市街地建設が始まりました。こうして半農半漁の村は短期間に大きな都市へと変わりました。また、幕府の呼びかけに応じて全国から人々が移住し、横浜は外国人と日本人が交流する町になり、この町は西洋の文物が国内へ流入する窓口として大きな役割を果たしていくことになりました。講演では、こうした横浜の歴史を振り返ります。

井上達男(ダイフク研究・研修センタ-)

「チベット・カンリガルポ山群ロプチン峰初登頂」

カンリガルポ(崗日嘎布)山群はヤルツァンポー川の大屈曲点付近から東南に延びる全長約280kmの山脈で中印国境に位置し、政治的に未解放地域となっている。近年、松本徰夫氏、中村保氏等の踏査と研究で概要が明らかにされた。最近でも新たに発見されるピ-クもあるが、約40座を超す6000m峰が今日まですべて未踏峰のまま残されてきた。2003年の神戸大学による最高峰、若尼峰(Ruoni 6882m)の試登が世界的な初登山だったが豪雪で敗退している。2009年11月5日、神戸大学・中国地質大学合同隊(日本側=井上達男隊長ら7人、中国側=薫範隊長ら10人)がロプチン峰(Lopchin Feng:6805m)に初登頂した。阿扎氷河に聳える三姉妹峰の中央峰で、地元では「白鷹の峰」と呼ぶ人もいる。山脈全体でも初の登頂であり、世界的にも注目される成果である。

地球上に残された最後の秘境であるカンリガルポ山群の初登頂のドラマと数多くの未知と障害を乗り越えて成功に導いたプロジェクト・マネ-ジメントの実際は産業界の実務遂行にも多くの示唆を含んでいる。

棚橋弘季 (コプロシステム)

「Human Centered Designのネクストステップ」

Human Centered Designのデザインプロセスが、インタラクティブシステムを対象に国際規格化されたのが1999年。今年で11年目を迎える。そのユーザー中心のデザイン思考は、AppleやIDEOなどの先進的な企業で用いられ、数々のイノベーションを実現させている一方で、その機能重視、体験重視のアプローチには批判も出てきている。とりわけ何を機能化し、何を個人としての人間や集団としての人間のスキルや文化として残すのかという長期的なスパンでヴィジョンを描いた上でデザインしているかどうかが問われはじめている。
こうした長期的なヴィジョンをもつことが求められるHuman Centered Designのネクストステップは、ソフトウェア開発にも影響を与えるだろう。何をソフトウェア化し、何を人そのものがもつ文化やスキルとして維持するのか。今回は、人間の生活、社会における文化という側面からソフトウェアというものを考え直してみたい。

萩原正義 (マイクロソフト)

「ソフトウェア工学の数学的基盤の提示」

これまでソフトウェア工学の基盤となるモデル化の試みは各種計算モデル、モデル言語のメタモデルなどが存在しましたが、適用範囲や理論的基盤の発展性などにおいて制約がありました。ここでは、局所情報の大域的統合に基づく数学的基盤として、"Incrementally Modular Abstraction Hierarchy"を解説し、ソフトウェア工学のいくつかの課題に対する適用を試みます。

杉田義明 (福善(上海)信息技術有限公司)

「日中ソフトウェアビジネス事情を上海から論じる」

 新興国代表としての中国の経済成長が続いており、高速に事故に結びつかないよう、いかに落ち着かせるかが国の経済政策のポイントのようだ。現在上海万博が開催されているが、これを起爆材にして2次産業の象徴としての「世界の工場」から、ソフトウェアを中心にした3次産業への転換を進めたいとの国家レベルでの計画が進んでいる。

 一方日本ではSaasやクラウドなどソフトウェアを取り巻く新しい環境に対応するためのニーズが出てきているにも関わらず、情報産業を中心としての経済不況が続いている。このような中で我が国IT企業は、コストの削減を最優先課題に、海外オフショアの実施、海外からの要員の受け入れ、新興国への業務委託などに取り組んできた。

 中国企業も日本からの発注を期待して様々な活動をこなしてきたが、継続的に業務を受け入れる際にはかなりのハードルがあり、要員不足に陥り、コストも高くなってきた。これを打破するためにより低コスト人材がいる内陸部や、あるいはベトナムなど海外へ進出するようになってきている。

 コストだけを主眼に捉えた連鎖の動きはソフトウェアの開発と運用にどのようなインパクトを与えるのであろうか。中国の現地企業では明確にオフショアの限界を意識して、その打開策を講じようとしている。その意味ではオフショア第2世代に入ったのではと思われる。

 講師はここ数年来中国上海を起点にして、中国オフショアビジネスを実施し、またボランティアで現地のSEA上海支部を運営してきた。そのような中で経験した日本と中国でのビジネスの違いを述べるとともに、今進行中の動きを解説しながら、今後重要と思われるパートナーシップの姿について展望する。

 中国で仕事をしたい方や起業を考えている方、中国事業を体験された方、その他中国ITに関心のある方々との意見交換を交えながら話を進めていきたい。

招待講演 (ワーキング・グループ企画)

WG1:「ソフトウェア・エンジニアリングの呪縛」
  • 濱勝巳 (アジャイルプロセス協議会), 大槻繁 (アジャイルプロセス協議会, 知働化研究会)

「知働説:「呪縛」からの解放を目指して」

アジャイルプロセスのもたらすインパクト、不確実性の正体とその対応、ソフトウェアへ自然体で向き合う事、言語ゲーム的転回などについて解説します。以降の講演、2日〜3日目のWG活動の目論見について紹介

  • 橋田浩一 (産業技術総合研究所)

「サービス科学とソーシャルeサイエンス」

サービスとは何か、サービス科学は可能か、目的に基づくサービス設計などの観点から、基幹業務情報システムの開発や医療サービスの事例を交えつつサービスイノベーションを論じます。

  • 高野明彦 (国立情報学研究所)

「連想検索:知の蔵を繋ぐための情報サービス」

新WebcatPlusの開発に伴う、データ集めの苦労話や、マルチベンダーによるシステム開発、PC/iPhone/街の連携などについて紹介します。

WG2:「ソフトウェア・テスト」
  • 安達賢二 (HBA)

「テストから始めるプロセス改善」

これまでに様々な泥臭い個別改善~組織全体で取り組むプロセス改善等にかかわってきた経験から、プロセス改善に成功する人達と失敗する人達にはそれぞれ特徴があり、特にテストのノウハウや実績情報はプロセス改善を成功させるために避けて通れないとものと感じています。
あくまでも個人的な観察結果・経験則ではありますが、プロセス改善に成功するために必要な事項を明確化しつつ、開発プロセス全体の成果向上に向かうためにどうしてテストのノウハウや情報を避けて通れないのか、どうやって段階的に改善を繋いでいけば成果が上げられるのかをみなさんと共有したいと思います。

WG3:「形式手法モデリング」
  • 荒木啓二郎(九州大学大学院)

「システム開発の現場でのフォーマルメソッド適用に向けての課題と方策」

フォーマルメソッドに関する論文や記事がIEEEComputer, IEEE Software, ACM Computing Surveys, Commun. ACM などでここ一二年の間に頻繁に出版されている。中でも IEEE Computer 2010年1月号にだされた David Parnas の Really Rethinking 'Formal Methods' では、フォーマルメソッドが何故広く使われていないのかという問題提起がなされた。我が国でも、IPA/SECや産総研をはじめとしてフォーマルメソッドに関する調査研究や適用事例研究や普及のための検討がなされている。まだ十分ではないにしろ、日本語で書かれた入門書教科書も種々出版されている。本講演では、フォーマルメソッドをシステム開発の現場に導入し、実際に利用するにあたっての課題を考察し、フォーマルメソッドを開発プロセスに組入れて効果的に活用するための方策、および、フォーマルメソッド人材育成について皆さんと一緒に議論したい。

WG6:「ソフトウェア・プロセス改善 次の10年」
  • 端山毅((株)NTTデータ 技術開発本部)

「CMMIに基づくプロセス改善の強みと高成熟度実現の意義」

事業環境や技術が変化し、要員が入れ替わり続ける現実の組織において、そのシステム開発能力を維持し、改善を継続することは、個人の能力や寿命を超越しがちである。入れ替わり続ける多数の関係者がビジョンを共有し続けることに難しさがある。CMMIは、そのような長期間に渡る組織学習の経過を表現したモデルであるが、CMMIそのもののみならず、トレーニングや評定制度、専門家の資格制度やコミュニティなどを備えたひとつの社会システムとして形成されており、CMMI自らを改変し続ける自己反映機能をも備えている。

1993年以来、CMM/CMMIを懐に大手情報サービス企業の中を泳ぎ続け、CMMI適用 を拡大し、全社施策として推進し、高成熟度組織を生み出すまでに至った経験を踏まえて、プロセス改善を広範に推進する観点から見たCMMIの特長、そして高成熟度を実現することの意義について振り返る。

  • 小笠原秀人(東芝)

「10年目のSPI ~推進結果と今後の展望~」

東芝グループでは、SW-CMM、CMMIをベースとしたプロセス改善活動を推進し、今年で10年目を迎えます。その結果、3階層SEPGを中心に据えたSPI活動推進のための枠組みが構築でき、今後継続するための基盤が確立できました。現状のSPI活動の推進状況を俯瞰してみると、かつてのブームに踊らされた時期のような盛り上がりはないものの、多くの開発部門で着実にSPI活動が実施されています。

本発表では、東芝グループにおいてSPI活動を推進するための基本的な考え方を提示したうえで、具体的な活動項目とその成功の要因を考察します。また、SPI活動の成果と効果を可視化するための仕組みを説明します。そして最後に、これまでの活動を継続しつつ、さらなる発展を目指すための課題や解決策を提示し、参加者の方々との議論を深めるための話題を提供したいと思います。

WG7:「製品ファミリのアーキテクチャ品質」
  • 岸知二 (早稲田大学)

「製品ファミリのアーキテクチャ設計」

製品ファミリの開発においてはアーキテクチャ設計が重要な鍵となる。
アーキテクチの設計においては複数のステークホルダの多面的な視点から妥当な開発戦略を検討をするとともに、その評価しなければならない。本講演ではこうしたアーキテクチャ設計を体系的に行うための技術について紹介する。

WG8:「ソフトウェアと社会」
  • 松原友夫 (松原コンサルティング)

「Safeware」

コンピュータによって制御される複雑なシステムに発生するだろうと予想されるハザードを予防するための手立ては?.N.レヴソン女史の名著「セーフウェア」を手がかりにソフトウェア技術者のとるべき行動を議論したい

  • 山本修一郎 (名古屋大学)

「Communication Engineering」

社会システムにおいて起こるさまざまなトラブルの多くは,開発エンジニア,プロジェクトマネージャ,そしてユーザとのあいだのコミュニケーション上の誤解や行き違いが原因だと考えられる.それを解決する手段としてのコミュニケーション・エンジニアリングの必要性を議論したい.

  • 中野秀男 (大阪市立大学)

「Free/Open Source Software」

Linuxその他に代表される Free Soft あるいは OSS は,現在さまざまな分野で広く利用されるようになってきた.インターネットを利用したそうしたソフトウェアの開発や利用は,新しい社会文化を創り出したが,その一方で,旧来の社会常識とのあいだで,さまざまな摩擦を引き起こしている.そのことの意味や将来の展望について考えたい.

  • 伊藤昌夫 (Nil Software)

「Immaterial Labor」

現在の情報・ネットワーク社会においては,従来のモノを製造する「物質的労働」から,情報や文化といったかたちのないプロダクトを作り出す「非物質的 (あるいは無形) 労働」へというパラダイム・シフトが起こりつつある.ソフトウェア開発もまたそうした無形労働の一種だと考えられる。そのことの社会的意味合いについて考えたい.